初詣2016/01/05

 初詣に熊野大社に出かけました。今年は雪道では無いので気楽に向かえます。

初詣

 松の内に熊野大社にお参りするのは、たぶん初めて。何時もとは異なる光景に吃驚。屋台が出ていてお祭りの様。


 三が日を過ぎた平日なのに沢山の参拝客。


 三の鳥居にうらじろが珍しい形で飾ってありました。


 拝殿前に人が居なくなるのを待つのが大変。拝殿の中には沢山の人がお祓いを待って居ます。


 拝殿前の絵馬の奉納場所。今年の干支の猿が描かれてます。申と猿は関係ないそうですが、申という字は神を表すそうです。


 暖冬といえども火の傍には人が集まって来ます。何かの儀式の残り火ではないかと思うのですが。


 帰りは白鳥ロード経由で。運が良ければ一斉に飛び立つ姿に出遭えます。


欅句会 2016.012016/01/06

 今年最初の欅句会は新年会も兼ねて駅前のワインレストラン クスクスで。
http://r.gnavi.co.jp/j1s8cgbb0000/

 兼題はラグビーと冬の草。何方も難しい兼題で、特にラグビーは山陰では馴染みが薄く、出句は少ないと思っていた、思いの外多く、清記に書かれた7句全てがラグビーの句というのもあり、驚きの幕開けとなりました。私が投句したのは、十年近く前、家内の兄弟が集まる新年会で聞いた話を基に

       還暦の 赤パン穿きし ラガーかな

 ラグビーの同好会のルールで60代は赤いパンツ、70代は紫のパンツ、80代は金色のパンツを穿く事が決まりで、それぞれの色のパンツを穿いている人にしてはいけない行為が決められているそうだ。さすがにそれを知っている人は少なく、熱烈なラグビーファンのお二方に採って頂きました。私が頂いたのもラグビーファンでなければ知らないGuriさんの大薬缶。後は昨年日本を沸かせた五郎丸の仕草を片仮名11文字を含む17音の五七五に纏めたNKMさんの句。

 冬の草は思ってた通り私の句は選ばれず。頂いたのは、SNIさんの跡地の冬の草。何屋さんの跡地にするかが最大のポイントですが、それが素晴らしく先生の選にも入りました。

 当期雑詠は今日の句会の後、合同句集を発行を祝い新年会を開くと聞いた時、ひらめいた一句。

       句集成り 千の喜び 初句会

 皆さんの今日の気持ちを表した句とされ、先生を始め5人の方に採って頂きました。

 今年は正月早々風邪を引き、三が日は家に篭ってました。それで

       師の本も 枕と化して 寝正月

 後一句正月の句と思い、子供の頃遊んだ正月の事を思い出しながら

       羽子板や 絶えて久しき 路地の音

 両句とも一人の方に採って頂き、計9点。合計点では半年ぶりの高得点。幸先良し!

 私が頂いた当期雑詠の句は4句。MSTさんの新年の句は私と同じ句集発行を祝うもので、私の句より格調高く詠まれていた。完全に負けたと思ったのに私以外取り上げる人が居ない。どうして?と思っていたら、最後の先生の今日の5句に選ばれて、ほっとしました。
 残りの二句は両方とも家事の句。これを選ぶという事は私も主夫という証拠か。MTNさんのロボットは季語今一つ合って居ない様な気がした。これが合えば高点となったかも。SNIさんの風呂掃除は、風呂掃除が風流なものに思えてしまう様な句でした。


虎落笛2016/01/12

 今朝の日本海俳壇に下記の句で今年最初の入選を果たす事が出来ました。

     椋誠一朗選     虎落笛 内儀より来し 欠礼状

 新春に相応しい句ではないのが残念ですが、昨年の年賀状で毎年来る同級生からのがなく、どうしたのかなと思っていたら、奥さんから欠礼状が届きました。中七下五は直ぐに出来たのですが、それに合う季語に気付くのに一年かかってしまいました。

 昨日は日本伝統俳句協会山陰協議会の新年祝賀句会が米子であり、中村先生が世話係をするというのでお手伝いに参加しました。参加者は八頭町から津和野町までの俳人43名が集まる大句会ととなりました。高レベルな句会なので、私の句等とても選には入らないと思っていましたが、投句5句の内3句で4度名乗らせて頂きました。

     田中静龍選     白鳥も 横切る路や 能義平野


     一般撰      寒紅や グラスの縁に 君の跡
                彫刻を 巡る湖畔に 浮寝鳥

 寒紅は欅句会に出そうと思ったのですが、私の句とバレバレと思いこちらに出させて頂きました。

 また、北側松太先生のネット句会に参加して丸5年になりますが、初めて北側松太先生の選に入るとと共に、過去最高の8点を取らせて頂きました。その句とは欅句会にも出した

                師の本も 枕と化して 寝正月

 

初場所2016/01/19

 今朝の日本海俳壇に下記の句が入選しました。

     野田哲夫選     初場所や 小兵力士の 潜り技

 大相撲は好きでよくテレビ観戦をするのだが、十両の取り組みは見ていなかったが、一年前鳥取県出身の力士が十両に昇進したのをきっかけに見る様になった。


 関取では最軽量の石浦である。初場所の十両の番付表をみると他にも、里山、北磻磨、出羽疾風と軽量力士が目白押しである。その4人が連日十両の敢闘精神あふれる力士に選ばれている。共通するのは相手の懐に潜り込んでの技で1.5倍の重量のあんこ形の力士を投げ飛ばしている。これらの軽量力士が舞の海の様に幕内上位に上がって来て、館内を沸かせる事を願っている次第だ。

米子城スペシャルシンポジウム2016/01/23

 米子市公会堂で開かれた米子城スペシャルシンポジウムに出かけました。米子市公会堂の大ホールに入るのはたぶん
50年ぶり。


 第1部の基調講演は文化庁主任文化財調査官の佐藤正知氏と滋賀県立大学教授の中井均氏。第2部は米子高専の金澤助教と山陰歴史館の国田館長も加わってパネルディスカッション。


 佐藤氏は米子城を国史にした立場から三の丸の保護と本丸二の丸の石垣が市内から見えるよう樹木の適度な伐採を訴えられておられました。
 中井氏は米子城の魅力は豊臣から幕末まで各時代の石垣残っており、特に本丸と内膳丸の鞍部から遠見櫓まで続く登り石垣が日本に数例しか残っておらず貴重だ言っておられました。登り石垣は豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、日本軍が朝鮮で港を守る城に用いた防御施設で、吉川広家が朝鮮より帰国した後、築いたのではないかと言っておられました。

 今、米子市は鳥取大学医学部が手狭になり、湊山球場となっている三の丸跡地を求めています。私は中海を埋め立てて造った湊山公園とボート施設を三の丸と深浦に移し、埋立地を鳥取大学医学部に明け渡した如何と思っています。
 もちろん、清洞寺のあった元の錦公園はそのまま児童文化センターと共に、錦公園として残して頂きたい。